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ニセ霊言を暴く① 「聖書」を知らない自称・内村鑑三の霊

「幸福の科学」「大川隆法」の十八番は
いわゆる「霊言」と称する偽チャネリングです。

この記事カテゴリー(ニセ霊言の実態)では、
過去の「インチキ霊言」の検証を書いていきたいと思います。

明らかに「ニセモノ霊言」だと分かるものを挙げてみましょう。

まず筆頭に挙がるのが「内村鑑三霊示集」です。

これは「内村鑑三」「預言者エレミヤ」による霊言らしいですが、

・「聖書」と違う「トンチンカンな内容」を語る

・「内村鑑三の家族構成等」を間違えている


といった「致命的なミス」を連発していて、

これが「創作霊言」「自作自演」であることがバレてしまっている本です。

この霊言に限ったことではなく、どうも善川や大川は
キリスト教関係については「ド素人」みたいですね。

「聖書」についての知識は、相当ないい加減で、
キリスト教関係の霊言をやらせれば「ボロ」がいっぱい出てきます。

おそらく、大川隆法本人も
仏教方面は多少なりと類書を読んで、

わずかな知識を得ていたのでしょうけど
(それとて、正しい理解であるとは言えないレベルですが)

キリスト教方面は、
以前と変わらず、ほとんど素人レベルの知識なのでしょう。

現在の大川隆法の知的劣化※の状況からして

(※抗精神薬のクスリを長期間飲み続けたせいでしょう)

たぶん、今なら「仏教関係者の霊言」をやらせてみても
突っ込んだ教義内容について喋らせれば、ボロが多々出るでしょう。


大川隆法の「聖書理解」は「幼稚園レベル」

「内村鑑三の霊示集」には、幾つもの致命的ミスがあります。

① 「旧約聖書の神」の名前を「アラー」と間違えている。

② キリストの誕生日が、クリスマス(12月24日)だと思っている。


③ 内村鑑三の娘が死んだ年代、娘の人数すら間違っていた。

④ 内村鑑三自身は「日清戦争の支持者」であったのに
  日清戦争に反対した、という記述になっている。


以上の点から見ても、

この「内村鑑三霊示集」は「ニセ霊言」「インチキ霊言」であり
善川三郎(大川の父)による「創作本」「ゴーストライター本」である

という事実が明らかです。

ちなみに「内村鑑三霊示集」は
1980~1990年代の古い時代に
書かれた「旧・霊言シリーズ」
ですが

この「旧・霊言シリーズ」の大半は
善川三郎(大川の父)による「インチキ霊言本」です。

霊媒師役として喋っているのは「大川隆法」ですが

「霊言」の中身(シナリオ)を前もって書いていたのは
父兄であった善川三郎や富山誠です。

つまり、当時の大川隆法にとって
善川三郎は「ゴーストライター」でした。




まずは、①の間違いから見ていきましょう。

「旧約聖書のなかで、アラーという神が出てきて、
天と地を分け、さまざまなものをつくられたことになっています。」


(『内村鑑三霊示集』大川隆法著、109頁)

もうこの時点で「ニセモノ確定」でしょう。

旧約聖書の神は「ヤーヴェ」と呼ばれていて
「アラー」なんて、聖書中ただの1度も登場しません。


にも関わらず、この「自称・内村鑑三の霊」

旧約聖書では「アラー」という神が出てきて
天地創造をしたのだ、まことしやかに喋っているわけです。

そもそも「アラー」が登場するのは
「イスラム教」の経典コーランです。


どうやら、善川三郎の頭の中では
イスラム教とキリスト教の区別がついていなかったようです。


おそらく、善川も大川も
GLAの高橋信二や生長の家の谷口雅春が喋っていた

まがいものの「聖書解釈」
よく確かめずに、そのまま鵜呑みにしていたために
こんな「トンチンカンな聖書知識」を書いてしまったのでしょう。

これは、現在の大川隆法についても同じで

最近の「ミカエル/モーゼの霊言」などを読んでも

この人は「イスラム教」と「キリスト教」と「ユダヤ教」の
3つの世界宗教について、教義内容の違いがほとんど分かっていない


ということが分かります。

たいして、よく分かっていないのに、
「憶測」や「表面的イメージ」だけで適当に喋るから
まるで「ユダヤ教徒のようなミカエル」になってしまうわけです。

カエルの子はカエル、いや、
大川の場合は「カエル以下」で、善川にすら及びません。




②についても、聖書についての無知が明らかです。

「今日は1986年の12月20日です。
クリスマス・イヴまであと四日、クリスマスの当日まであと五日、
言うまでもなく12月25日とは、イエス・キリストの生まれた日です。」
(『内村鑑三霊示集』大川隆法著、192頁)


「今、霊的な目で二千年の風景を振り返ってみると、
何と清らかな、何と聖なる夜でありましたでしょうか。12月24日の夜は。

外には、雪が降っておりました。
午前中から雪が降りはじめて、かなり大きなボタン雪となりました。

そして、夕方の五時半頃まで降ったでしょうか。
大きな雪だったので、地面に十センチぐらいも積もりました。

そうした夜にイエスは生まれたのです。寒い寒い夜でした。
私は、その情景を今でも目にありありと思い浮かべることができます。」
(『内村鑑三霊示集』大川隆法著、194~195頁)


よくもまあ、こんなウソを抜け抜けと書けたものだ、と感心します。

「ボタン雪」なんていう「日本人的な風情」まで付いています(笑)
まるで「私小説作家」にでもなったつもりだったんでしょうか。

こんな調子で
善川三郎の「作家気取り」で「他の霊言集」も書かれていたわけです。

まず、事実からいうと
「聖書」に書かれている「キリスト生誕日」は
12月24日の夜ではありません。


「ルカ福音書」の記述からして
「冬」ではありえない。
「春~夏」だろうというのが定説
なのです。

しかも、聖書の記述では
「雪が降っていた」とか「積もっていた」なんてことは
一切どこにも書かれていません。

それどころか、当日はよく「晴れていて」

羊飼いたちが「野外で寝ていられる」ぐらいに
気温が高かった(暑かった)
という記述がされています。

そもそも、あの「中近東」のパレスチナ地方に
どうして「ボタン雪」が10cmも積もるんでしょうか(笑)

そんな「異常気象」であったのであれば
ルカやマタイといった聖書記者がきちんと言及しているはずです。

クリスマス=12月24日=雪が降る=寒い夜
という日本人の「一般的なイメージ」でもって
それらしく書いてみたら「筆が滑って大失敗」した
というオチです。

こんな「大ウソ」を「ワタシ、天上界から見てました」

と言って、しゃあしゃあと述べる
「大ウソつきの霊」はいったい誰なのでしょうか(笑)

ちなみに、ユリウス暦の12月24日を
「キリスト生誕祭」として祝うようになったのは

古代ローマ帝国で「キリスト教が国教化」されてから後です。

古代ローマの「太陽神の祝祭日」
であった12月24日を
「キリスト教の祝祭日」としてリニューアルしたのが起源です。

「冬至」(22日ごろ)になって、太陽の光が最も衰えた後、
新しい輝きを伴って、再び昼が長くなっていく時期として
「太陽の復活」=「イエスの復活」になぞらえているのです。


ですから、実際にイエスが
12月24日に生まれたのではありません。

後世になって、勝手に12月24日に
キリスト教の祝祭日ができた、というだけなのです。

こんな「常識的なこと」すら、
あの善川&大川親子は知らないのですから

「聖書本文」の正しい理解や解釈が、彼らにあるはずはありません。
彼らの「聖書知識」は素人とほとんど変わらないレベルです。


③④の内村鑑三の「家族構成や史実」との食い違いについては
以下にある関連記事を参照ください。

http://lexposition.blogs-de-voyage.fr/

いずれにしても、これらの「致命的ミス」が語ることは

この「霊言本」は、

内村鑑三本人によるものでも
預言者エレミヤによるものでもなく

善川三郎と大川隆法による「インチキ本」「自作自演」にすぎない


という隠しようもない事実です。
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プロフィール

remonstrateHS

Author:remonstrateHS
教団ぐるみで隠蔽されている「大川隆法の実態」「教団内部の実態」「教義や霊言のウソ」を知り、数年前に「脱会」した元信者です。

「教団の被害」に逢われている方、脱会を検討している現信者さんの「脱会の手助け」になれればと思っています。

支部精舎での活動実態、総合本部・政党の実態など、私が(婦人部)活動中に知りえた「内部の事実」をお伝えします。

教団が発表するお決まりの「ウソ情報」「大本営発表」に騙され踊らされないように、正しい情報を見極める力を持って頂ければと思います。

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