自己愛性パーソナリティー傾向を助長する教義の歪み

基本教義(善川&富山作成)に対する大まかな批判を書いてみましたが
少し専門的で難しかったかもしれません。簡単にまとめると・・・

次元構造論や霊的世界観だとコーフクが言っている教義の大半は
コーフクの専売特許でもなんでもなく、心霊思想の二番煎じでしかない

・ 世間のスピリチュアリズム(心霊思想)のルーツを辿っていくと
 約2000年前の新プラトン主義という西洋哲学にその源流がある。
 大川は西洋思想史には特に疎いので、その思想的関連を理解できていない。

・ 仏教の取り込みについても、
 仏教思想の入門書にある基本用語を漁ってきて盛り込んだ観が否めない。
 上座部仏教、大乗仏教の「核心」を正しく理解しているとは言えない
 かなり我流に曲解している。インド大乗仏教(中観派・唯識派)の最も深遠な教理には手が届いていない。

⇒ コーフクが仏教理論書として掲げている「悟りの挑戦」「沈黙の仏陀」等の内容は、仏教史の入門書にある基本用語や概念を拾ってきて簡単に紹介したような浅いレベルでしかない。しかも、コーフクの心霊思想の色メガネを通して勝手に曲解している内容が少なくない。つまり、思想的な深みにも正しさにも欠けている。

キリスト教や聖書的世界観の取り込みについては、仏教以上にお粗末さが目立つ。
 善川が学んだのが「我流の聖書解釈」を繰り広げるサークルに過ぎなかったから。
 大川自身のその後の付足も、リベラル神学と聖書批評学の下手な二番煎じである。

「四正道」(愛・知・反省・発展)良さそうな「徳目」(看板)を4つ並べているだけで、1つ1つの内容はたいした中身が無い。思想的深さの伴わない雑多な寄せ集め教説

・ コーフク教義の特徴は、良さそうに思った他宗教の概念を節操なくパクってくるのだが、それらの概念の関係や整合性にまで注意を払っているわけではなく、全体としてみると、教理としての論理的整合性や統一性が極めて乏しい

というふうに、大まかに総括することができる、ということです。



コーフクの洗脳信者たちは、

大川隆法とコーフクを否定したならば
(そうした教説が、コーフクだけが説いている専売特許なので)

「霊的人生観」や「霊的世界観」をも同時に否定することになる、
と思い込んでいる人が少なくありません。


⇒ つまり、大川センセが嘘つきの偽者だとするならば
  私が信奉している「霊的世界観」も間違いだということになってしまう
  そんなはずはない!という思考回路です。

この思い込みが「縛り」となっていて
彼らが教団から離脱することの妨げ要因となっているようです。

実際はそうではありません。
そもそもコーフクの「霊的世界観」なるものは、
他の新宗教とスピリチュアリズムから盗用してきた寄せ集め教説に過ぎません。

大川隆法とコーフク教団は、それを節操なくパクって、あたかも
自分たちの「専売特許」であるかのように吹聴している盗人に過ぎない。

 ⇒ 長女さやかの他人の論文パクリが話題になりましたが、
   親子揃って、いや親子孫三代揃って、大川一族(善川/大川/さやか)は
   「思想盗みとパクリ」を生業としている
のでしょう。

つまり、大川隆法とコーフク教団が「まともかどうか」という問題
「霊的人生観」が「正しいかどうか」という問題とは
まったく関係性のない別々の異なる問題です。

大川隆法とコーフク教団を「偽者」であると「否定」したからと言って、
スピや他宗教も説いている「霊的人生観」までが否定されるわけではない

この点を明確にさせることが大事だと思います。

「この世」は仮の宿りであって「霊的な世界」(=天国)こそが真の本籍地である
という世界観は、何もコーフクと大川隆法が発明した専売特許でも何でもなく

ギリシャ哲学やキリスト教によって何千年も伝えられてきている
西洋思想史において、最も普遍的な考え方・世界観
(=二世界論)なのです。


<コーフクの教義はどこが歪んでいるのか?>

ちなみに、大川が「自己愛性人格障害」であることはもはや周知の事実ですが
この教祖の人間性に合わせるようにして、教義にも歪み(害毒)が含まれています。

つまりは、自己愛的パーソナリティーの思考回路を拡大・助長するような
害毒が垂れ流されているということです。

それは霊的なエリート主義他者を見下げることによる自己の高揚感です。

コーフクの洗脳信者たちの多くは、現実社会における自己像がコンプレクスにまみれています。

要は、自己価値感が低く、劣等感に悩み社会・他者に溶け込めず、挫折感を抱えています。ダメな自己イメージの反面、自分が「特別な存在でありたい」という野心だけは強いのです。

そうした彼らにとって、コーフクの歪んだ教義は、
大川隆法にとっても「誇大自己イメージ」を膨らませる補強装置となっています。

私は「世間巷のくだらない人間たちとは霊格が違うんですよ!」
私は「実は〇〇という如来・菩薩の生まれ変わりで、特別な存在なんですよ!」

私は「つまらない大衆には理解できないような高尚な霊的知識を私は悟っている。
だから、私は世間の一般社会には溶け込めないし、馴染む必要性も無いのだ!
彼らのような低い波動や価値感に、高尚な霊的エリートの私は合わないからだ」

といった尊大な自己理解を、コーフクの洗脳信者たちは持っています。
それが、彼らの横柄な態度、傲慢な言動を生み出している元凶です。

彼らの歪んだ教義(=世界観のフィルター)は、自分たちが特別で価値高い人間であり
私をいつも疎外している世間一般の人間たちは、霊的な真理が分からないクズなのだ
という「見下げの論理」が潜んでいます。

つまりは、他者を「価値低いクズ」というレッテルを貼って、
徹底的に叩いて見下げる
。その反動によって、
自分はあいつらよりも「価値が高い立派な存在なのだ」と自己認識する。

自己愛性パーソナリティー傾向が強い洗脳信者たちにとっては、歪んだコーフク教義が、自分と他者の価値の高下(落差)を作り出す装置になっているのです。


<大川隆法が「ナショナリズム」に傾倒するのはなぜか?>

以上の「歪んだ思考回路」を民族問題に転用すると、

特定の他民族を「卑しい価値低いクズども」と徹底的に見下げて
自分が属する民族を「特別に優秀な民族」だという優越感に浸る構図ができあがる。

大川隆法だけでなく、ヒトラーや、金正恩、トランプに至るまで
自己愛性パーソナリティー傾向が濃厚な人が「ナショナリズム」に傾倒しやすいのは

自民族の価値=自分の価値、というリンクがあるからでしょう。
他民族よりも、自民族が価値的に高尚である、と思い込みたい人たちなのです。

例えば、ヒトラーの場合は、
ドイツ民族(ゲルマン人)こそが人類の最高の民族であり
ユダヤ民族を「卑しい忌むべき民族」としてターゲットにして徹底的に叩きました。

トランプの場合は、
アメリカ白人こそが偉大な価値ある民族であり
雑多な不法移民こそが卑しい排除すべき存在、となります。

他者を価値的に見下げて叩いて卑しめることによって、
自己価値感を相対的に高揚させる、という自己愛願望が背後にあります。

私は常々思うのですが、右翼にしろ、左翼にしろ
極端な政治信条や民族主義に傾いていく人たちには特有の心理的歪み
があるようです。

彼らはむしろ弱い、劣等感に満ちた人間なのかもしれません。

他者の存在を喜び、他者を祝福して、良い関係を分かち合うことができずに
他者の存在を恐れ、他者を排撃して、断絶を生み出すことによってしか
自分の価値感を高めることができないのですから。

本当に安定した人間は、
他者の価値と固有性を認めて、良い信頼関係を築いて
相互に心地よい安定した暖かい交わりを維持していく
ことができるはずです。

自己愛性パーソナリティーの人たちにはそれが難しい。
だからこそ、他者や社会とことある度にトラブルを巻き起こしていく。

コーフクの教義には、このような害毒と歪みが垂れ流されている。
だからこそ、信者たちの人間性改善にはおよそ役に立たないのです。

コーフクの教義は特にこの最たるものですが、
そもそもスピリチュアリズムなどの「神秘主義」には

「霊的エリート願望」が濃厚であり
世俗から浮き上がって、脳内妄想に耽る傾向が強い。
神秘思想には、健全な社会性、他者とのリアルな関わり、が欠落しています。

私が、コーフクの脱会者に、他のスピ系への転向をあまりお勧めしていないのは
スピ系心霊思想は、自己愛的傾向を助長する装置になりかねないからです。

コーフクの元信者の方で心配なのは、脱会した後に
他の新宗教やスピリチュアリズムをコーフクの代用品としている場合に
それが自己愛傾向を助長する装置になってしまっていないか?という点です。

あるいは、人によっては、宗教ではなく、
過激な政治活動にのめり込んでいく人もいるかもしれない。
それが自己愛的傾向を支える装置となるからでしょう。


<自己愛パーソナリティーの歪みを癒すために>

コーフク教義に垂れ流されていた歪みと害毒によって
形成された「自己愛パーソナリティー的な傾向性」を自覚して修正すること
それが、脱会者にとって一番大事なことなのではないでしょうか。

そのためには、幾つかのポイントがあります。

・ 「見下し」「高揚感」といった価値操作をしないで
  ありのままの欠けだらけの自分を「受け容れる」ことを助ける

  ⇒ すごいエリートな自分を演出しようとする「底上げ思考」をやめさせる

・ 自分が特別な価値がある、何かができる能力や功績があるということでなくて、
  欠けだらけの足りない自分が、そのままで愛されていることを経験すること

 ⇒ 自分の持っている何かではなく、自分の存在そのものが愛されている
   という無条件の愛を経験すること

他人との信頼関係が深まり、愛し愛される暖かい対人関係を築くこと

以上のような要素があるかどうか?が大切になってきます。

私が思うに、スピリチュアリズム系の神秘主義釈迦仏教(上座部)
脳内妄想型、個人修行型で、他人との生きた交わりが欠落している傾向が強いですから
どちらかと言うと、パーソナリティ傾向の改善には向かないのでは?と感じます。

スピ系神秘主義、上座部(小乗)仏教、はそもそも「孤独な宗教」なのです。
瞑想やらで個人的修行にタコツボ的に篭ってしまい
他人や社会とのつながりや交わりを養う意識に乏しいのです。

また、神道系でもナショナリズム色、自民族至上主義が強いものは
明らかに自己愛傾向を煽る装置になりかねません。

これは私自身の宗教観でもありますが、
必要なのは「愛と交わりの宗教」ではないか?と思います。

タコツボ的に篭って瞑想やら修行に励んだところで
結局は、本人だけの自己満足にしかなっていないものです。

人が本当に、自分の足りなさや弱さに客観的に気付かされて
その中で、愛し励まされて、人間的にも成長していくのは
人と人との生きた「交わり」「関わり」を通してではないでしょうか?

消去法で、神秘主義が消え、小乗仏教が消え、民族主義的な神道が消えていけば
おのずと、残るのは「穏健な伝統宗教」(組織宗教)なのではないかな、と感じます。
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幸福の科学の「基本教義」は有難がるほどの内容か?

跡形もなく清水出家騒動が消え去ってはや2ヶ月
この2ヶ月でさらに脱会者や幽霊会員が増え
ただでさえ少ない活動信者がさらに減った。

逆伝道推進局長 大川隆法の底力が日本全国に知れ渡りました。

文春に「ドクターストップの診断書」を書いた医師が
教団関係者であったことも暴かれ、もはや打ち手無し。

現時点で幸福の科学の活動信者※は3000~4000人いるか怪しい
(※定期的に植福し、教団の活動に参加している意識的な会員)

今や脱会しアンチになった元信者or元シンパの方が多いでしょう。
その数はかつてのシンパ層も含めると5万人近いと思われます。
要は、最盛期の1/10以下に教勢・影響力が落ちたということです。
そして、今後は信者数が減っていく一方です。

私自身も「幸福の科学」という弱小・新宗教団体に対して
今やほとんど興味も関心もなく、このブログも放置気味になりがちです。

残存している洗脳信者はかなり高齢化が進んでいて
ネット情報など見ていない方が多いのではないかと思います。

このブログの読者ターゲットと執筆目的も
以前は信者の洗脳を解いて、脱会へと導くことに主眼がありましたが

今後は、すでに脱会してアンチになった元信者たちのケア
つまりは、考え方の整理、気持ちの整理を後押しすることを
今後の執筆の目的や方向性にしていきたいと思っています。


<幸福の科学の「教義」は正しいのか?>

特に需要が高いのは、幸福の科学の「教義」に対する検証でしょう。

宗教団体の3要素が、信仰対象、組織、教義、だとすると
信仰対象=大川隆法、組織=幸福の科学、の2点については
もはや洗脳する(騙す)力を失っています。

今やネットで「大川隆法」と検索すると
もれなく「自己愛性人格障害」の情報がヒットするようになりました。

大川がどんな俗物で、いかに歪んだ人間性であるか。
教団がどんな醜悪で、虚偽に満ちたイカサマ集団にすぎないか。
誰の目にも明らかになっているので、洗脳を解くのが簡単になりました。

あと残っているのは「教義」だけです。
それも、ここ数年、大川隆法がデタラメ霊言で付け足した教義でなく

善川&富山が作った初期の「基本教義」が問題です。
この部分についての検証が終わっていません。

「教義」に対しての検証をしているサイトやアンチは少ないので
(私自身はこのブログに時間を投入する意欲はもはや限りなく薄いのですが)
一応やっておいた方がいいかな、と思っています。

すでに脱会したはずのアンチの中にさえ、教祖と教団は「悪」「偽者」だったが
基本教義は「正しい」と思っている人が今でもいるようです。
これは思考枠や価値観において完全には「洗脳」から解放されていない、とも言えます。

また、yahoo知恵袋で工作員として書き込んでいる
洗脳信者たち(例えばhosieiwa氏など)のコメント等をよく見れば

おそらく大川と教団が胡散臭いことには少なからず気が付いているが
基本教義(四正道等)が「正しい」のだ、と無批判に信奉していて
この点の引っ掛かりだけで教団に辛うじて残留しているんだろうと推測される。

このブログを立ち上げた当初に、
基本教義についても批判・検証記事を書こうと思っていましたが
(=基本教義のどこに矛盾や綻びがあるか、どの思想に問題性があるのか?)
あえてそれをせずにこれまで様子見を貫いてきました。

というのも、ここに書いた内容を大川がパクリかねず
教義にダメ出しをすれば、それを受けて
教義の修正を行って、まともな路線に戻そうと画策する可能性があった。

そうなれば、せっかくデタラメ霊言の乱発で、洗脳が解けて
脱会しかけている信者たちを引き止めることになりかねない。
結果として、敵に塩を贈ることになる。

なので、行き着くところまで大川霊言の劣化を放置するほうが得策
もはや教勢回復がおよそ望めないような状態になるまで
あえて教義に深くは触れない方針でやってきました。
霊言のボロや失言を部分的に公表する程度のコメントしかしていませんでした。

しかし、「もはや教勢回復はありえない状況」に陥っている
と今や確信するに至っています。
今後は少しずつ基本教義に対する批判・検証も書いていこうと思っています。

まあ、ここに書いた内容を大川らがパクろうとしたところで、
大川のボンクラ具合、まともなゴーストライターがいない現状を考えれば、
批判内容を消化して、まともな教義修正をすることはできないでしょう。
やったところで消化不良で下手なパクリ=二番煎じにしかならない。

大川隆法は法学部卒で、宗教・思想・哲学の方面はそもそも門外漢です。
だからこそ、身内の善川&富山だったり、破門除名された有名職員たちのような、
ゴーストライター役が側にいて知的面でサポートしないと、まともな教義体系を説くことができない。

ここ数年、霊言や教義が迷走し続け、その質的劣化が著しいのは、
もはや教団内に頼りとするようなゴーストライター(ブレーン)が不在となった
という事実を物語っているのでしょう。


<善川&富山による「基本教義」を分析する>

善川&富山が作成した「基本教義」(四正道や次元霊界論)でさえも
私の目から見れば、底の浅いパッチワークにしか見えません。

当時のスピ系新宗教であるGLA、生長の家、大本教などの心霊思想を流用しながら、
理解の貧弱な仏教思想や聖書理解を表面的に底浅く
パッチワーク的につぎはぎしてできた「不出来なキメラ」です。

その構成内容は、GLAなどに由来するスピリチュアリズム系教義が全体の7割を占め
その枠組みに、仏教思想を2割聖書的世界観を1割ほど混ぜ込んでいる
というのが、善川&富山作成の「基本教義」の実態です。


<発展するスピリチュアリズム理論 と その思想的起源>

最先端の21世紀欧米のスピリチュアリズム思想と比較してみれば、
幸福の科学の心霊思想は、昭和期の大本教~GLAで共通に用いられていた
「日本心霊学会」系の用語や世界観
がそのベースです。

ちなみに、江原啓之も似たようなスピリチュアル系の内容を
語っていますが、彼の思想的バックボーンは明らかに「大本教」であり、
かつての「日本心霊学会」の主張そのものです。

江原がやたらと「龍神」だとか「狸・狐」だとかを語るのは、
出口以下の大本教の名残だろうと思われます。

私が思うに、こうした江原にしろ、幸福の科学にしろ、
欧米スピの本流(最先端)から見ると、いささか時代遅れな観がします。

次元構造の説明にしても、幸福の基本教義よりも、
21世紀最先端スピの方がもっと進んだ包括的な理解をしている。

それは彼らが最新の宇宙科学(量子力学等)を背景にして語っているためです。

最新のスピ理論では、次元構造では12次元からなる階層性となっており、
人的意識の最高峰は11次元にあると語られているようです。
9次元霊を人霊最高とする幸福の科学の教義とは一致していません。

異星人やUFOと、霊的世界の話をうまくつなげて統合的に説明できる
次元構造の洗練された理解も出てきたりしているようです。

別記事でも詳しく書こうと思っていますが、
欧米のスピリチュアリズム思想をずっと遡っていけば
スヴェーデンボリよりも1000年以上も前にルーツを遡ることができます。

スピ系にその思想の骨格(多階層からなる霊的世界観)を提供しているのは、
1~3世紀のローマ帝国(ヘレニズム時代)に発生した新プラトン主義です。

この新プラトン主義(プロティノス哲学)の枠組みや概念を用いて、
キリスト教系異端のグノーシス神秘主義を始めとする、
いろいろなタイプの神秘主義思想が展開してきていきます。

新プラトン主義の世界観は、霊的な世界がいくつもの階層からできていて、
魂の認識レベル(いわば悟り)に応じて、「物質界」に近い低い次元から、
「創造者=神」により近い高い次元へ、上昇したり下降したりする
、というお決まりの世界観です。

これが、スピリチュアリズム、グノーシス主義、ユダヤ神秘思想(カバラ)、フリーメーソンといった多種多様なオカルティズムや神秘主義の根源となっている思想である、と考えられます。

大川隆法は「霊的人生観」やら「霊的世界観」(次元構造論)が、
幸福の科学の「専売特許」であるかのように誇張し
自分たちだけの「オリジナル教義」であるかのように言ってますが

(また、幸福に残留する洗脳信者の多くは、こうした霊的人生観こそが、
幸福の科学の教義の正当性であり、幸福の科学以外には説かれていない教義だ
と思い込んでいる
ようです。だから教団にしがみ付いているのでしょう。)

実際は、2000年近く前の「新プラトン主義」がすべての発祥であって
大川などは現代スピの下手な二番煎じ、三番煎じでしかないのです。

思想史から見れば、「次元構造論」を伴った「スピリチュアリズムの世界観」は、
現代風の装いで再現されてきた「新プラトン主義」もしくは
「グノーシス神秘主義」の亜流形態
なのです。

しかし、幸福の科学が、この思想的淵源まで遡って、
新プラトン主義とは何か?
スピ思想のルーツはどこにあるか?
を明確に示してみせたことは一度もありません。

昭和期に流行していたスピ系心霊思想をパクって、
換骨奪胎して自分たちの基本教義としているくせに、
意外と拠って立つスピリチュアリズムの思想的起源を自覚していないのです。
それは、大川自身が門外漢で、西洋思想史の理解に乏しいからです。

善川と富山の思想的教養もプロから見れば幼稚なレベルにすぎません。
富山も京大の哲学科では落ちこぼれ学生だったのではないでしょうか。
カント哲学の「悟性」という用語の意味を取り違える致命的ミスをしています。
彼らの思想的教養がもっと深ければ、もっと整合的な教義体系を作っていたでしょう。

ましてや、父兄のレベルに遠く及ばない大川がその上を行くはずがない
大川がどれだけ巷の書籍を読み漁って勉強したつもりでも、
彼が消化できてアウトプットしてくる情報のレベルはたかが知れているのです。


<底の浅い「伝統宗教」パクリ>

さらに、仏教やキリスト教などの伝統宗教からも「いいとこ取り」をして、新宗教臭さをカモフラージュしようとしているが、そうした伝統宗教からの借用も拙い、というか、底の浅さが否定できません。

例えば、幸福の科学の「聖書理解」は、父・善川三朗の独学(=無教会派での学び)による聖書解釈がベースになっています。
善川は本来は聖書がどう解釈されているかという正統的理解を知らないのです。
また、背後にあるキリスト教神学にも無知です。
だからこそ、お門違いなトンチンカンな聖書理解があちらこちらに散見されてしまうのです。

※ 無教会派=内村鑑三にルーツを発する日本独自のグループ。教会組織を持たず、各人が好き勝手に聖書を読んで都合の良い解釈を繰り広げる、いわば「聖書の好き勝手解釈サークル」のような教派。カトリック、東方正教会、プロテスタントといった伝統教会が、どのように(信仰的に)聖書を解釈しているかという標準見解から、およそかけ離れた独自理解を各人が繰り広げている。

また、大川隆法も巷のキリスト教書籍を買い漁って研究しているつもりが、
20世紀に展開した「リベラル神学」の特徴をわかっていないので、
巷に出回っている研究本(=聖書批評学)の真偽を吟味しないで、
そのまま鵜呑みにして内容を流用しています。


なので、その聖書理解の拙さは、知ってる人から見ればすぐに分かってしまいます。

仏教思想に関しても、基本用語を表面的に漁っているだけで、インド・チベット大乗仏教(中観派・唯識派)の本当に深遠な教理は分かっていない。

要するに、スピ系の心霊思想にしても、欧米の最先端の思潮から見れば、
時代遅れな昭和感が否めず、多くの部分で齟齬や食い違いが生じてきているし、

仏教やキリスト教といった伝統宗教との比較で見ても、
本当の深み(奥義)にまではおよそ到達しておらず
申し訳程度に表面を漁ったにすぎない稚拙な理解レベル
でしかない。

実のところ、幸福の科学の「基本教義」というのは
その程度の雑多なパッチワークでしかなかった、ということです。

伝統宗教の深いところから湧き出すような霊性や思想の深みには
付け焼刃で作製された「善川・富山の教義」如きが及ぶものではない、ということです。


<「四正道」こそが最大の「看板倒れ」で「中身スカスカ」>

なので、私から言わせると、基本教義が「正しい」と言って信奉している人たちは、
ずいぶんと粗雑な教えで満足できるものだなぁと感じてしまいます。

そんなに「ありがたがる」ような深みのある教義なのか?はなはだ怪しい。

寄せ集めた思想や概念がきちんと論理的に筋道立って統合されているわけではない。
思想の整合性という点で粗雑なシロモノで、あちこちに綻びがある。

「太陽の法」という根本経典1つ取ってみても、
各章の論理的つながりや整合性を欠いたままです。
今になっても改訂されず(=実際には作成者が死没しており大川には体系改訂ができない)に来ている。

例えば、何章だったか忘れましたが、にわかに「如心」だとか「自在心」とかいう
旧GLA系で使われていた宗教用語がにわかに出てきて
それ以外の箇所では一切出てこない
他の経典でも全く触れられない。(手元にある方は調査してみてください)

これなどは、いかに幸福の科学の教義が「寄せ集め」にすぎないか?
ということをまさに示しているわけです。

パッチワーク的に他の新宗教の教えをパクって書かれたが、
それらの用語・概念が自分たちの教義とどう整合的に関係するのか
それが未消化なままで放置されている
ということです。

私が問いたいのは、こんな雑多なパッチワークで、
思想的にも底浅い教義が、果たしてありがたがるほどの中身なのか?
ということです。

例えば、「愛」「知」「反省」「発展」の四正道にしても、
1つ1つの中身はそんなに深い内容なのでしょうか?

「愛」にしても、底浅い内容で、キリスト教の「愛」の深さやリアリティに比べると小学生レベル

「知」(悟り)にしても、西洋哲学に肉薄するような深い内容もなく、大乗仏教の深い奥義にまったくカスリもしない

「反省」にしても、肝心の反省自体の方法論が不明瞭で、客観的な自己反省を促すような内容になっていない。

「発展」にしても、基本はニューソート系の自己実現論をパクっただけだし、
現代社会にも通用する政治経済論と言いながら、結局はそこら辺の保守系言論人の二番煎じでしかない実現党でしかなく。
えせドラッカーめいた経営理論に至っては全く成果すら上げていない自己満足理論でしかない。

「愛」「知」「反省」「発展」と一見誰が見ても良さそう(正しそう)にみえる「看板」「徳目」を4つ並べているだけで、1つ1つの中身はスカスカです。
これらには、実際に信徒の人間性を改善したり、愛と知に溢れる人格者を創りだすような力は無い。

現に、大川隆法本人と、教団の幹部・信者たちを見れば、
これらが「教義」としてまともに機能していないことは明白ではないでしょうか?

しょせんは、思想的な教養も大して深くはなかった善川&富山親子が
他宗教から寄せ集めて、それらしく粉飾して作成された「人工合成教義」です。

質の低い人工物だから、そこに霊的なリアリティーが伴うわけが無い。
実際に、歴史上の「聖人」が神様から直接啓示を受けて創始され、
長い人類史を超えて脈々と伝達されてきた伝統宗教の深みには到底及ばない

幸福の科学の「教義」はその程度のレベルであって、
本当に人を作り変えるような深みやリアリティは無いと思います。

だったら、伝統宗教をもっと本格的に学んでみて、
その本当に深みのある霊性や思想を経験してみてはどうですか?


また、下手に現代スピリチュアリズムの流行廃りを追いかけるよりも、
神秘思想のルーツになっている西洋哲学を学んでみてはいかがですか?
というのが、私からの提案です。

今後、「愛」「知」「反省」といった個別の内容については
また別記事で追って少しずつ批判を加えていこうと思います。

続きを読む

「基本教義」は「捏造とパクリ」の百貨店

信者がありがたがっている、幸福の科学の「基本教義」は

他宗の教義をまねて、
それらの用語や知識を取り込んで作られた
「パクリ教義」「寄せ集め教義」にすぎない


ということを指摘している他サイト記事から転記します。



<エル・カンターレの由来>

御本尊の「エル=カンターレ」の名前そのものが
「他宗の教義のパクリ」でした。

>「自分は仏陀じゃなかった。エルランティー、ヤーヴェだった。」
>「仏陀の本名は カンターレ、イエスの本名は アガシャーで、
> モーセの本名はモーリヤといって、天上界で私の分光を受けてる」


という内容を、

新興宗教GLAの教祖だった高橋信次
生前の講演(死ぬ直前の)で喋っています。

この講演はテープにも収録されていて
当時の善川顧問(大川の父)が持っていました。
(元職員の証言。大川隆法自身も聞いています。)

「カンターレ」「アガシャー」「モーリヤ」
といった「太陽の法」などに載せられている9次元霊の名前は、

「霊的啓示」(チャネリング現象)で与えられたわけでも
大川隆法によるオリジナルの用語でも何でもなく


大川の父である善川三郎が、
「初期の霊言集」のシナリオ書き(事前設定)をした際に

他宗であるGLAの教義から
そのまま拝借(パクッた)したものだった


しかも、高橋信次の某講演そのものの元ネタになっていたのは

当時のアメリカのニューエイジ系団体の翻訳本と
ブラヴァッキーの神智学だった、というのが真実です。



<「七色光線」の教義の由来>

太陽の法や正心法語で
「七色光線への分光」という教義がありますが

「正心法語」の冒頭から書かれているような
こんな「中心的な教義」でさえも、
よその新興宗教からのパクリでした。


高橋信次の末期の講演に
「七色光線への分光の話」が出ていましたし

その元ネタは、

生長の家・二代目の谷口清超が出版した
アメリカの怪しげなニューエイジ系団体の
翻訳本「天と地の架け橋」
の中にあった内容でした。
(先ほどの高橋信次の講演は、これが元ネタだったようです。)

根源にある神の光が「七色」に分光して
いろいろな民族や歴史において現われていて
その根本はただ1つの教えなのだ


と言っていたのが
生長の家の「万教帰一」という教義

大川隆法と善川三郎らは、これをそのまま拝借したわけです。
「オリジナル教義では無い」ということです。



<「次元」構造論のパクリ先>

幸福の科学では、3次元、4次元、5次元という「次元構造論」が
「経典や教義の中心」(太陽の法、永遠の法など)になっています。

元職員の証言によると、これも実際にはパクリでした。
その元ネタは 1980年代に出版されていたオカルト本です。

『超心霊学―三次元から四次元へ
四次元から五次元へ』

小田秀人という人が立てた、大本教から分派したオカルト教団があって

そこから4次元論や、5次元論や、7次元論やらが
80年代に盛んに出版されていたようです。

そして、オカルト好きの善川三郎の蔵書には
これらの書が含まれていました。(元職員の証言)




<「魂の本体・分身理論」のパクリ元>

1つの本体意識に、5人の分身意識があって
6人1組で魂の兄弟を構成している

というおなじみの教義がありますが、

これも他宗教からのパクリ教義です。

これは、GLAで高橋信次が言っていた内容
それを、そのまま善川三郎らが拝借したわけですね。



<「教義の作成者」は「善川三郎」だった>

初期の「幸福の科学」において
基本的な教義や「霊言のシナリオ設定」を書いていたのは

大川隆法ではなく、父の善川三郎と兄の富山誠でした。

結局のところ、幸福の科学の「教義」なるものは

彼らがGLA、生長の家、大本教分派といった
当時の怪しげなオカルト系新興宗教の教義や用語を

あれこれとこね回して、パッチワークのように寄せ集めて
勝手に「捏造」して作成した人工教義に過ぎません。


基本教義のもとになっている原型(基礎情報)は
大川隆法自身の「霊言」や「啓示」ではありません。

善川&富山という大川隆法の身内(父兄)の持っていた
オカルト系知識、宗教用語の寄せ集めにすぎない
、ということです。

そして、彼らが「オカルト知識の寄せ集め」で作った「基本教義」の上に

「今の大川隆法」があぐらをかいており、
思いつきでいろいろな「霊言」やら「法話」を喋っているわけで

「霊言」だと称している中身たるや
大川隆法自身による低レベルすぎる
「1人芝居」「自作自演のヨタ話」にすぎない


という「あまりにも恥ずかしい実態」は、
今や大多数の信者にもバレてしまっているわけですね。

結局のところ、幸福の科学という団体は

教義作成者であった善川らを
教団外に追い出したのち

実権を握った「大川隆法」(当初ただの霊媒役でしかなかった)による

「1人芝居」「ペテン霊言」の乱発だけで
なんとか、わずか少数の信者を騙し続けている詐欺団体である

というのが実態なのです。



<「他教団」の信者を奪取する仕掛け>

以上から言えることは
幸福の科学の「基本教義」なるものは

大川隆法の「チャネリングや啓示」によって
作成された内容ではなくて

GLAや生長の家といった
初代教祖が死去している他教団の信者たちを
自分たちのシンパ層読者として引き込むために、

「高橋信次」や「谷口雅春」を
「高級霊」だと言って、やたらと持ち上げて
信者たちの関心を引きつける目算のもと


善川・富山が
霊言の「綿密なシナリオ」を書いた上で

大川隆法を「イタコ役」(霊媒役)にして
シナリオに沿って、それっぽく喋らせて
「下手な演技」をさせていただけだった


というのが、「幸福の科学」の発端であり
すべての「事の真相」なのです。

「幸福の科学」という教団の起源と
本当の正体は、この方法論に尽きているのです。

幸福の科学の「中心教義」が、
他の新興宗教団体や「オカルト本」からのパクリと
寄せ集めによる人工的捏造にすぎなかった、


と知ったら、それでも信者のあなたは

幸福の科学を「ホンモノの宗教」で
大川隆法が「ホンモノの救世主」である、と思うのでしょうか?

善川らが書いた
「シナリオ設定」(基本教義)という
「御簾」「錦の御旗」に正体を隠しながら

自分自身の「無知」と「愚かさ」を
隠蔽しカモフラージュしながら

「霊言」や「法話」を自作自演して
ここまで「騙し騙し」やってきたのが

大川隆法という「詐欺師の正体」です。


この「真実」に対して、
どこまで目をつぶっていられるでしょうか?

「幸福の科学」とは「オレオレ詐欺」ならぬ

人格異常者の「大川隆法」以下が
「オレオレ神様 詐欺」
を生業としているだけの「ペテン団体」です。

まさに、「劇団ひとり」ならぬ
「劇団りゅうほう」、「霊言ひとり」と言ってよいでしょう。

ニューエイジとスピリチュアリズムに潜む「深い闇」

「幸福の科学」と
「スピリチュアリズム」「ニューエイジ」はよく似ています。


なぜなら「幸福の科学」の教義は
「スピ系の知識の寄せ集め」でしかないからです。


(※教義の由来については、別記事でまた詳しく検証します)

私自身もスピリチュアル系の著作を読んだことがありますが
良いと思える部分と、いかがなものか?と感じる部分があります。

シルバーバーチ、マイヤース、スウェーデンボルグあたりであれば
そんなに実害はないかと思います。

「良いと思える部分」としては、

霊性の大切さ、
「霊主肉従」の大切さ
あの世(来世)の存在、
神の存在、などを説いている点です。

しかし、スピ系に「はまる人たち」を見ていて

スピ系には大きな問題点がある、と感じるのも事実です。

スピリチュアリズムやニューエイジの問題点はどこにあるのでしょうか?

これらと同根である「幸福の科学」において
問題点がどのように拡大されているのでしょうか?


スピリチュアリズム、神智学、ニューエイジ系と
「幸福の科学」を奉じている人たちには
共通の欠陥・問題点があるように感じています。


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・脳内世界での「自己満足・自己陶酔」にしかなっていない

・現実には、なんら人間性が改善されず、
 生活上の「実践」や「人格改善」を伴わない


・特殊な「霊的知識」を得れば「偉くなる」のだと思い込む


・他人にできないような「こと」をすれば、
 それで「特別な偉い人間」になったように錯覚する。


 結果として、思い上がった「傲慢不遜な人間」を作り出す温床になっていく

・人格的に未熟な「アダルトチルドレン」「社会不適合者」が圧倒的に多い。



この傾向は、「幸福の科学」において
特に顕著に見られる傾向ではないでしょうか?

おそらく、両者には「共通の病根」があり、

特に「病的な要素」が「幸福の科学」という
妄想教団内では「拡大再生産」されているのでしょう。


1.自分に都合のよい「妄想世界」を作り上げる材料にしかならない

2.健全な「社会性」、人格的な相互関係、生活上の実践、が欠落している

3.自分自身を「客観視」できず、
  自分に都合のよい「独善的な妄想世界」を脳内に作り上げて
  タコツボに籠るタイプの「妄想オタク」が量産される


スピ系やニューエイジ系の信者たちには

「自分にとって都合のよい妄想世界」を作り上げて
そこに自閉的に籠ってしまう性質がある

ように思います。

霊的な世界(来世)、霊性、神の存在
などについて語ったり考えたりすること、
それ自体が悪い、と私は思いませんが、

「オカルト的知識」(=秘密の知識と称するもの)を
「自己陶酔」や「誇大妄想」の材料とする人たちが
今も昔も後を絶ちません。


人の知らない、他人の理解できないような
「特別な知識、秘教的な教え」を
この自分だけが理解しているのだ


だから、自分は「霊的エリート、特殊な人間」なのだ、というふうに

自分に都合のよい「思い込み」「誇大な自己妄想」を膨らませて
思い上がった「傲慢な人間」ばかりが生み出されていきます。

パラノイア(被害妄想)に侵されやすく、
「統合失調症」などに移行しやすい

「シゾイド」傾向の強い人たちにとっては
自分の妄想世界を「補強」するためだけに利用されます。

「病的な人間性」を改善することには役に立たず
むしろ「歪んだ妄想傾向」を強めるほうに加担します。


これが、スピ系やニューエイジや神智学などの
オカルト、神秘主義、心霊主義を奉じている人たちに見られる

独特の「不健全さ」「人格的な未熟さ」の原因です。

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<「幸福の科学」の教義は「スピ系のパクリ」でしかない>


善川顧問や大川隆法にも
スピ系やオカルト系にどっぷりとはまる人に見られがちな
特有の傾向性、問題点が見られます。

善川自身は、職を転々としては
自分の学歴コンプレックスといった劣等感と
「自己評価」に飢えていましたから、

スピ系、オカルト系、禅仏教、キリスト教などから
「自己内妄想」に都合のよい材料をかき集めて

「脳内世界」での「自己陶酔」に役立ち、
「根深い劣等感」を埋めてくれて、

「自己愛」(誇大感・万能感)を高揚させるような
パラノイア体系(妄想世界
を作り上げたかったのでしょう。

他人が知らない「秘密の高度な知識」を私は理解できるのだ

私は世間一般人よりも「偉大で特別な存在」なのだ

という「自己内妄想」を繰り広げることによって
現実の「根深い劣等感」に蓋をして、自己愛を満たすわけです。


結局のところ、
「幸福の科学」の教義は
善川&大川=パラノイア一家「中川家」による
歪んだ自己愛に由来する「誇大妄想」の集大成だった


ということを意味しているのでしょう。

そして、こうしたパラノイア的な妄想傾向は、
息子の大川隆法にも受け継がれているわけで、
しょせんカエルの子はカエルだな、と感じます。

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なぜ、幸福の科学の信者や職員(また総裁自身)が

あのように「傲慢」で「高飛車」で
「他人を見下す」だけの「劣悪な人間性」
に変わっていくのか?

前々から私は、教団の抱えている病根だと思っていたのですが

スピ系やらオカルト系にはまる人には
共通の問題点が潜んでいるのかもしれませんね。
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プロフィール

remonstrateHS

Author:remonstrateHS
教団ぐるみで隠蔽されている「大川隆法の実態」「教団内部の実態」「教義や霊言のウソ」を知り、数年前に「脱会」した元信者です。

「教団の被害」に逢われている方、脱会を検討している現信者さんの「脱会の手助け」になれればと思っています。

支部精舎での活動実態、総合本部・政党の実態など、私が(婦人部)活動中に知りえた「内部の事実」をお伝えします。

教団が発表するお決まりの「ウソ情報」「大本営発表」に騙され踊らされないように、正しい情報を見極める力を持って頂ければと思います。

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